小泉の雑記帳

少し古い家なら残っているかもしれない「いげ皿」

久しぶりに骨董のお話を一つ。
この写真は「いげざら」と一般的に呼ばれているもので、骨董といえるかどうか微妙なところに位置するものです。明治の終わりから昭和の中期にかけて大量に出回ったもので、皿の縁に茶色の波形があるのが特徴です。
骨董かどうか微妙といいましたが、もともと骨董という言葉自体にはっきりした定義があるわけではありませんので、私としては明治期に作られたものであれば骨董に属してもいいのかなと思います。だいたい100年は経っているのですから。
この「いげざら」は骨董屋さんではかなりリーズナブルな価格設定になっています。小ぶりのものなら2,000円くらいから、いいものでも10,000円も出せば買えるでしょう。
なぜそんなに安いかと言うとまだまだ世間にたくさん残っているからです。ひょっとするとあなたの家にも押し入れの奥に眠っているかもしれません。よく地方の古い家などで親戚が集まったりするときに今でも現役で使われていたりします。
骨董の入り口には丁度いいと思いますが、そんないげざらにもたくさんの柄があってなかなか楽しませてくれます。大きめのものに少しだけ刺身や焼き物などを盛るとそれだけで
なかなか立派なものです。ちょっとした料亭気分に浸れることでしょう。是非そんなときはうまい日本酒を古伊万里のそば猪口でいただいてください。格別です。

2016/10/23

こんなペン今まで無かった。

私は職業柄もあって、けっこうペンにはうるさい。
万年筆やインクを並べてにやにやすることもしばしば。
私の中でペンは3種類に分けられる。

1、「書く」というペン本来の機能を追求したもの
2、「書き心地」を楽しむもの
3、「持っているという満足感」を味わうもの

1は仕事の中でペン本来の性能を追求し、その絵や文字の描きやすさ(書きやすさ)で決まるもの。例えばイラストを描く場合の黒いマーカーやイラストの下描きをする鉛筆などがそのたぐいか。

2はペン先が紙の上を滑るときの感触や筆圧によって変化する太さを楽しむ感じ。

3は高級な万年筆やちょっと貴重なペンを眺めながらちょっと試し書きしたりするイメージか。

今日ここで取り上げたペンは明らかに3ではない。1と2の特長を併せ持っている。

これはエルバンから発売されている「万年筆のインクが使えるローラーボール」だ。
書き味は至極なめらかなローラーボールでありながら、書いたあとの線は万年筆独特の濃淡がやんわりと見られ、いわれなければローラーボールで描いた線には見えない。
その上万年筆のカートリッジもヨーロッパなどで最も一般的なモンブランタイプが使える。
このタイプは様々なメーカーのものが出回っているので、同じブルーブラックでもメーカーによる微妙な差が楽しめるというものだ。
もちろん全く違う色を入れることもできる。このペンの発売元でもあるエルバン社からはカラーバリエーション豊富なインクが全20色。自然の色にヒントを得て作られているインクは、スタンダードなカラーから、ビビッドで個性的なものや、 柔らかで淡い色を放つものまでさまざまだ。

そしてこのペンは安い!

金属ボディーの方が1,800円、スケルトンならなんとたったの600円だ。

ネタ帳と一緒に持ち歩くのにぴったりなこのペン、なかなか近所に売ってるものではないのでAmazonで買われることをお奨めする。

 

2016/10/16

クリエイティブ職の残業について考えてみました。

先日、電通の新入社員だった女性(当時24歳)が、昨年のクリスマスに投身自殺をしたという報道がありました。原因は月100時間を超える残業だと言われ、過労自殺として労災認定されたようです。
この報道について意見を述べるには、あまりにも情報がなさ過ぎて短絡的なものになってしまう恐れがありますので、私自身の考えを書くことは避けさせていただきますが、私が身を置くデザイン業界やよくいうクリエイティブな職業にはずっと以前からこういった労働時間の長さをはじめとする待遇の悪さが大きな問題となっていることは確かです。
※私は「クリエイティブな業界」という表現が独りよがりに思えて好きではないのですが、様々なジャンルのデザイナーや、ライター、イラストレーター、カメラマン、アニメーター、編集者などものを作り出す職業を一言で言い表す言葉が他にないので、ここでもそう言わせていただきます。

私もベテランといわれる年になりましたので、この「クリエイティブ職の労働条件の悪さ」については様々なところで意見を求めら得ますが、この問題は簡単に「こうだからこの方がいい・・・・」と、いう回答はできるものではありませんし、私自身従業員を抱える身としてなかなか微妙なところでもあり、正面からこの問題に向き合っていなかったのかもしれません。

そこで一度、私自身この問題に関してどう考えているかを確認してみようと思いました。
ただ、大変複雑な問題でもあり、ひとくくりではなかなか意見をまとめるのが困難なので、いくつかの項目にわけて考えてみましたが、結局何を言いたいのかわからない脈略のないものになったかもしれません。

 

クリエイティブ職 雇用条件の実態
まずは現状を見てみましょう。正直なところこの件に関する正確な状況データは発表されていませんし、そんなことは調べられるはずもありません。ですからここで書くことは私が30余年に渡り感じてきたことからの想像でしかありません。
一般的には5悪とも言える「1.リストラが激しい」「2.休みが少ない」「3.給料が安い」「4.残業が多いが残業代が出ない」「5.社会保険をはじめとした福利厚生が無い」というような負のイメージが業界内に蔓延しています。
ただ、これは企業規模によって大きく条件が異なっています。
例えば、同じデザイナーでも「社員数百人規模以上の企業内に属するデザイナー」であれば、正社員である以上他の職種に比べて特に条件が悪いということはなく、労働基準法や労使間の取り決めにより、世間一般の待遇は保証されているでしょう。ところが、「社員数名のデザイン事務所に属するデザイナー」になると状況は一変。5悪すべてがいつも目の前にぶら下がっているのが実態です。
ただし、デザイナー全体の中で前者に属するものと後者に属するものの人数を単純に比較すると、おそらく前者の方が圧倒的に多いはずです。
そうするとデザイナーという職種であっても多数派は他の職種に比べ特に悪い条件で働いてるとは言えないことになります。
5悪という条件に悩まされているのは「社員数名のデザイン事務所に属するデザイナー」がほとんどであるということになります。
ただし、少数ですが企業規模が大きくてもそういった労働条件が整っていないところもありますし、小規模でもスタッフがそこまで不満を持っていないところも存在します。

 

労働時間と残業
ではクリエイティブ職の労働時間はいったいどのくらいでしょう。
1週間を基準に計算すると・・・・。
1日8時間勤務として8時間×5日(週休2日の場合)=40時間(小規模の事務所では土曜も出勤であることが多いので48時間)
小規模の事務所では徹夜や終電ぎりぎりというのが珍しくありませんので11時、12時まで残業するのが週に5日あるとして約30時間。合計すると1週間に70時間から80時間以上働いている計算になります。
つまり月間の残業時間は悠に100時間を超えるわけです。
勿論年がら年中こんな状態ではないと思いますが、この状況なら今回の報道のようなことがおきても不思議はありません。

 

そもそもなぜ、クリエイティブ職の労働条件が悪くなっているか
答えは簡単。「クリエイティブ職以外の人たちにとって、何をやっとるのかよくわからん仕事」だからです。
よくわからんということは「労働に対する価値が計りにくい」ということであり、それはすなわち過小評価へつながってしまうのです。つまり「よくわからん」ものは評価されにくいのです。
たった一枚のポスターをデザインしただけで、事務職1人分の月給くらいのギャラを請求されたりするわけですから、確かに「よくわからん」といわれてもしかたのないことかもしれません。勿論、そこにはそれなりの理由と価値があるはずですが、実はそうでもない場合も多く、そういう状況が余計に「よくわからん」という意識を増大させるのです。
それが証拠に、会社の業績が悪化し、人員調整が始まると真っ先に切り落とされるのは企画職、つまりクリエイティブ職です。外注を抑制し、内製化を一番にいわれるのもクリエイティブ職です。設備投資が最も遅れ、節約されるのもクリエイティブ職です。
それだけクリエイティブ職は「よくわからん」のです。
では、その「よくわからん」仕事をしているクリエイティブ職を会社はどうやって評価し、査定をするのでしょう。他の職種からは何をやっているのか「よくわからん」訳ですから当然まともに査定などできるわけもありません。
そこで考え出されたのが「数字を待たせる」という方法です。デザイナーをはじめとする「クリエイティブ職」にも営業マンと同じように「あなたは1ヶ月に○○万円のデザイン代を稼ぎなさい」というようなノルマを課すのです。主に印刷会社がこの方法を採用する例が多く、その達成率を査定に反映させるというのが一般的です。しかし、この方法には大きな欠点があり(その欠点についてはここで書くと長くなりますので別の記事で書かせていただきます)、この査定方法ではクリエイティブ職側、それ以外の職種の双方に不満が増大するのが普通です。

 

クリエイティブ職の評価基準は?
最近では労働条件を厳しく法律で定めるのが普通になっていますが、クリエイティブ職の評価基準はいったいどこにあるのでしょう?
働いた時間でしょうか?
お役所的にはこれが最も基準を設けやすく、規制もしやすいのでこれと対価とを組み合わせて最低賃金などというものを作っていますが、ことクリエイティブ職に限ってはこの考え方は当てはめにくいといわれています。しかし、よくよく考えてみるとそれはクリエイティブ職だけに限らず他の職種にも当てはまることが多いのです。例えば最もわかりやすい営業職では、時間よりも売り上げの成績が基準になります。事務職では処理する書類の量によっても個人差が出るでしょうし、工場の作業員でも組み立てるものの難易度や数によって評価がされるはずです。ですから働いた時間で評価をすること自体が自由競争社会の中で無理があるだけでなく、弊害をも生み出しているはずです。時間という評価基準は単にお役所の都合であることに気づくべきではないかと思います。勿論、奴隷のように長時間働かせ続けたりすることがないように最低限の基準は必要だと思いますが、なにもかも杓子定規に時間で計るというのはあまりにもお役所的ではないでしょうか。

 

成果で判断?
ここでいう成果とはいわゆる売り上げやノルマの数字を指しますが、例えば営業職のように成果によって評価するのがよいのでしょうか?
しかしこれにも大きな問題点があります。全くフリーランスで活動したり、ごく数名のデザイン会社などは別ですが、デザインが伴う仕事は通常デザイナーだけで業務を完結するわけではなく、営業職が仕事を取ってきて初めてデザインの仕事が生まれるわけですから、その成果は営業職の影響をもろに受けることになります。まして担当制をしいていたりするとその担当先によって大きく効率に差が出ますから、この成果で判断するというのも公平なようで実は大きな問題があるのです。

 

付加価値は?
例えば得意先のコンペに参加したとします。できばえには自信があり、様々な考えを組み立てて内容のある提案ができたにもかかわらず落選したとします。もしここで単純に「成果」で判断されたとしたら「評価」は「0」。しかし、よくよく考えてみるとそのプレゼンが後々いろいろな企画に役立ったり、その得意先の評価をアップすることができたなら、決してその企業にとってマイナスにはならないはずです。でも現状ではそれを評価するシステム自体がないため、管理職にとって判断のしやすい数字(ノルマ)とその達成率で評価が決まってしまいます。こういうシステムの中では会社にとっての付加価値が評価されにくいのが現状です。

 

誰だって残業はしたくない
誰だって残業はしたくないものです。おまけに小規模の事務所などでは残業代という概念すらもないので、従業員からすればしたくないというのが当然です。

 

小規模のデザイン事務所では残業代が出ないことがほとんど
それなりの規模の会社であれば労働基準局の目も光っていますし、労働組合などが権利を主張しますので残業代というものが存在しますが、数名規模のデザイン事務所ではほとんどの場合残業代という制度自体が無いことが普通です。おそらく大方の小規模なデザイン事務所は、従業員に残業代を支払うという時点で経営が成り立たなくなるでしょう。

 

残業無し、休日出勤無しで仕事になるのか
正直これは無理です。今のクリエイティブ職の現状を見てわかるとおりです。

ものを作るとき最終工程である「製造」という段階は主に機械で行いますので、「最低これだけ時間がかかる」というハード上の動かせない制約があります。そのためにひとつ手前の段階である「デザイン」という工程に納期のしわ寄せがすべてかかって来るからです。
クライアントの原稿が遅れたり、営業の詰めが甘く何度も修正を繰り返したりしても最終の納期が変わらなければ、それらの時間的なロスをすべてデザイナーのがんばりによってカバーするよう要求されるからです。
皮肉なことに、こんな状況でも何とか徹夜などで身を削るように仕事をクリアしたデザイナーが社内的に評価され、同じ仕事でも短時間でこなしてしまい、残業もしなくて済んだデザイナーのほうが、「残業もせず早く帰宅する」という理由で社内的にあまり評価されないという矛盾も考えられます。

 

残業時間というものを規制する意味は?
従業員が身体的にも情緒的にも健全に生活するにはこのくらいが適当だろう・・・・。というのが役所的な考え方だと思いますが、逆に企業側に立った解釈もできます。企業側は必ずしも「残業=業績アップ」などとは考えていません。「無駄な残業」というのも存在するからです。生活に支障のない範囲で適当に何時間か残業しておけばその分給料が増えるわけですからそういう社員が出てきても何の不思議もありません。実際、残業しないと給料が目減りして生活できないという声も良く聞かれます。企業規模が大きくなればなるほどその額は膨大なものとなります。それを考えると残業時間の規制というのは労使間の微妙な妥協点でもあるのかもしれません。

 

クリエイティブ職の最適な評価方法は?
ではクリエイティブ職を最も適正に評価するにはどうすればよいでしょう?
前述のように企業では大きく2つの方法を採用していますが、どちらも問題点が多く、適正とは言い難いうえ、弊害も出てきています。
私は1つしか方法はないと思っています。
それは「その担当部署の責任者や経営者が一人一人の能力や効率、努力といったものをしっかりと見て、どれだけ会社に貢献しているかを的確に判断する」しかないのです。もちろん的確な判断をするための能力が必要ですが、その判断能力もない人物が責任者になっているような企業では未来は暗いのです。ですからクリエイティブ職の管理者はクリエイティブ職の出身でないといけません。
小さな事務所の場合、営業出身の経営者とデザイナー数名でスタートするようなことが見受けられますが、これはあまりお奨めしません。営業出身の経営者ではクリエイティブ職の能力を正確に判断できないからです。事務所が小さければ小さいほどそこに与える影響は大きく、運営自体が頓挫する事例も多々あります。


クリエイティブ職以外の管理者や経営者の場合、残業が増える

クリエイティブ職出身ではない管理者や経営者の場合、クリエイティブ職の能力を正確に把握していないために、過度の残業を求めることも起こりがちです。クリエイティブ職出身の管理者や経営者の場合は、ある程度仕事量と必要な時間が読めるはずですから、過度の残業を事前に回避する手立てがありますが、そうでない場合は単にその仕事の納期からの逆算だけで制作日数を決めてしまいますので、制作担当者が徹夜や休日出勤を強いられるということになるのです。

 

クリエイティブ職と残業の健全な関係とは
もともと残業代というもの自体、業種によって考え方が違って当たり前だと思うのですが、現在の労働基準ではそうではないようです。もともと能力に個人差があるわけですから、報酬を平等に時間で計算するということに矛盾があると考えるのが自然だと思いますが、お役所的にはこの方法しか思いつかないのでしょう。
クリエイティブ職に限らず、個人の能力差によって成果が変わってくる職業では同じように残業代という概念がなじみません。
例えばスポーツ選手が試合時間以外にも練習していたら、それに残業代をつけますか?
芸能人が次の日のリハーサルなどで時間が押してしまったら残業代をつけますか?
クリエイティブ職というのはこの感覚に近いはずです。
スポーツ選手や芸能人がもともと残業代など期待していないのと同じように、クリエイティブ職を目指す人にはそういう感覚が必要だと私は思います。
それは経営者の論理だといわれるかもしれませんが、その程度の覚悟もできていないものが一人前のデザイナーやカメラマンやライターになれるとでも思いますか?勿論芸能人やスポーツ選手ほど厳しい世界ではありませんが、感覚的には近いものがあると私は思います。
月に50時間でも100時間でも残業をやりたければやればよいし、1時間も残業をしたくなければそれでも良いのです。
肝心なことはそれで成果が出せるのかどうかです。
成果が出せたものと出せてないものが同じ「時間」という物差しで報酬を決められるというのは、あまりにも理不尽ではないかと思うのですが・・・・。

私の事務所では、経営者である私を含め、キャリアがあって成果を上げられるベテランほど長い時間働き、休日出勤も多くなっています。経験が浅いスタッフは先輩たちのその姿を見て、自分も一人前になるにはどうすればよいかを学びます。そして、事務所としてはよほどのことがない限り休日出勤や徹夜に近いような残業はさせていません。その代わり、デザイナーとしての成果を求めます。その成果とは売り上げでも労働時間でもありません。成果とは事務所に対しての貢献度であり、信頼度です。そしてその物差しは経営者である私自身の目です。
小さな事務所だからそれができるといわれるかもしれませんが、私は経営者としての仕事やデザイナーとしての自分の仕事をこなしながらそれをやっていこうとしています。大手企業のデザイン室などの責任者は少なくとも私よりは仕事が少ないはずですし、部下の管理自体が主たる業務でもあるはずです。ですからその部署のメンバーをきちんと把握し、評価することくらい何の苦労もないはずですし、それで給料をもらっているわけですから、それこそがその責任者の会社に対する貢献であり、信頼のはずです。

勿論ここに書いたことは私個人の考え方であり、ひょっとするとうちのスタッフの中にも納得がいかないものもいるかもしれません。しかし、クリエイティブ職に就いた以上、この程度の覚悟無しに成功はないと思っています。
「私は時間通り終われて、休みもきっちり取れて残業代もちゃんともらえるのがいい」と思っている人はクリエイティブ職には間違いなく向いていないと思います。そういうスタンスできちんと成果が上げられるわけがないからです。
クリエイティブ職というのは、スポーツ選手や芸能人と同じように数少ない「自分の好きなことでお金が稼げる職業」ですから、都合のいいときだけ一般職と同じような条件を求めるのは、あまりにもムシが良すぎないでしょうか。

世の中は「楽しくも何ともない仕事」をがんばって耐えながら生活している人が大半です。そんな中で「自分の好きなことでお金が稼げる職業」についたものが「待遇」だけは一般職の人たちと同じように安定を望む・・・・、しかも成果を上げているかどうかは問われない・・・・。そんな都合のいい考え方をしているからクリエイティブ職は会社の中でも存在が浮いてしまったりするのです。その組織の中で一番にリストラ候補に挙がったり、派遣社員の割合が多いのもそういう状況の中で生まれた現実です。組織の中ですら存在価値をもてない職業が社会全体で受け入れられるわけがありません。

残業云々を議論する前に、クリエイティブ職に就くこととはどういうことかというのを今一度考えるべき時が来ているように思うのですが、いかがでしょうか・・・・・。

2016/10/13

カントリー牧場開設50周年記念エンブレムデザイン

このエンブレムは私が小学校1年生の時(昭和45年)からずっと応援し続けてきた北海道静内のカントリー牧場開設50周年の記念にデザインし、制作して谷水雄三オーナーと西山場長に贈ったものです。この牧場に対する私の思い入れはここでは書ききれませんが、うれしいことにオーナーと場長からも丁寧なお礼状や関係者限定のグッズなどもいただきました。

私はもともと織りネーム会社のデザイナーとしてスタートしていますのでこのような金モールエンブレムのデザインは得意中の得意。最近ではあまりこういったものをデザインする機会がなくなったので、このエンブレムを贈るときはホントに楽しくデザインすることができました。
そしてそれ以降、私は競馬場へ行くとき必ずこのエンブレムをネイビーブレザーのパッチポケットにつけていくことにしています。

そして今日、そのカントリー牧場最後の馬になろうかというタニノマンボが出走いたしました。結果は4角でうちの窮屈なところに入ってしまい7着となってしまいましたが、年に一度の来賓室競馬観戦会の日に走ってくれて、本当にうれしい想いをさせていただきました。

今後カントリー牧場の産駒が競馬場で活躍することはありませんが、私が競馬場へ行くときは必ずこのエンブレム付きのブレザーで行こうと思っています。

2016/10/08

なぜ「オレンジ」?

コイズミデザインファクトリーがこれほどまでに「オレンジ」にこだわる理由をご説明いたします。
これは良くいわれるコーポレートカラーということになるわけですが、実はこの「オレンジ」、本当は「オレンジ」ではなく「朱色」です。
そう、皆さんもご存じの日本の伝統色「朱色」です。
「朱色」というと勿論皆さんがよくご存じのあのミカン色のことですが、資料を見てみると

しゅいろ【朱色】
「JISの色彩規格では「あざやかな黄みの赤」としている。一般に、朱肉のような少し黄色がかった赤のこと。」
と説明されることが多いです。もとは鉱石の辰砂しんしゃから採れる天然の顔料をあらわしましたが、天然の顔料はたいへん貴重なため、硫化水銀を主な成分とする無機朱色顔料が作り出されました。
英名ではバーミリオン(vermilion)が最も近いでしょう。顔料や朱肉のほか、漆器の塗装や絵の具に用いらます。中国から伝えられた五行説では「木火土金水」の「火」に相当する色を「赤」と表記し、季節では夏を表しますが、夏の別名を「朱夏しゅか」というように本来は朱色とされています。方位は「南」で、南を守る神があの「朱雀」(すざく)です。そこから平城京、平安京大内裏だいだいりの南門を朱雀門といいます。

というような説明が一般的でしょう。
そのなかでも説明の最後の方に書かれている「朱雀」のくだりが、コイズミデザインファクトリーにとって大きな意味があります。

代表の小泉は平安京でいう朱雀大路にほど近い朱雀第7小学校、朱雀中学校を卒業しました。
そして京都で最も優れたデザイン会社になりたいという想いを9つの四角で形作った平安京をイメージするロゴマークに込め、それを「朱色」にしました。そこには「伝統美」や「荘厳さ」「煌びやかさ」という意味も込め、作り出すデザインにそういう品格を持たせたかったのです。

現在のコイズミデザインファクトリーにそのような品格が備わっているかどうか・・・・。
それは世の中がゆっくりと判断してくれるのでしょう。

2016/10/08